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浦氏(阿月領主)

Title:ナガオカガイシ


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(写真は克己堂を創建した第16代 浦元襄(靭負)/写真提供:しらかべ学遊館)

Data

 旧阿月領主の祖 浦宗勝(うらむねかつ)とその子 景継(かげつぐ)は、小早川隆景(こばやかわたかかげ)の家臣でした。
 その後、毛利家の家臣となり、正保元年(1644)、浦就昌(なりまさ)が阿月に移封され、阿月の領主となりました。
 就昌は、阿月に天照皇大神宮(東神明宮)と豊受大神宮(西神明宮)を奉祀しました。神明祭はこのときより始まったとされ、今日まで連綿と守り継がれています。平成21年(2009)国の重要無形民俗文化財に指定されました。
 浦靭負は、天保13年(1842)家臣の子弟教育のために私塾「克己堂(こっきどう)」を創建しました。
 克己堂からは、白井小助、赤祢(赤禰)武人、世良修蔵など多くの維新の志士が輩出しました。
 浦氏居館旧表門(通称 克己堂の門)は、そのままの姿で今も残され、市の史跡となっています。
 なお、克己堂は門から入ったつき当たり付近(元阿月小学校のグラウンド)にあったようです。
 元阿月小学校に残る藤棚の樹齢は300年以上といわれる巨木で、浦氏の庭にあったものといわれ、5月上旬に満開となります。

<浦氏関係系図>
 浦就昌−広勝−元敏−元伴−就尹−房伴−元襄(靭負)−親教−勝善−長みつ−晴夫

Memo    
●メモ:   

資料提供:しらかべ学遊館
監修:松岡睦彦

 
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