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田舛吉二(卓球)

Title:タマスキチジ


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 田舛吉二(昭和9年(1934)〜昭和31年(1956)は、柳井市柳井津中野町にあった銘菓の老舗、天狗堂主 田舛義一の実弟 田舛吉郎の次男。
 子供のころからスポーツの才に優れ、柳井小学校に在学中、全日本卓球第二位の従兄 田舛彦介、全国ベテラン第二位の父 吉郎の厳しい指導を受けて急成長した。
 新制柳井中学校から柳井商業高校へ進学し、守備主戦で両ハンドの攻撃ができるオールラウンド選手として全国高校大会で優勝、全日本ランキング第三位となったが、その豪快なバックハンドは今日でも日本卓球界の語り草となっている。
 昭和28年(1953)に東京で開催された第二回アジア卓球選手権大会に日本代表選手として出場し、田中良子選手(柳井高校出身)と組んで混合ダブルスで優勝、つづいて昭和29年(1954)4月、ロンドンで開催された世界卓球選手権大会の男子団体優勝戦で強豪チェコスロバキアに対し貴重な二勝をあげ、日本優勝の殊勲者となった。
 昭和30年(1955)のオランダの世界選手権大会でも再び日本優勝の立役者となった。時に弱冠20歳。その前人未到の偉業は、日本の卓球史に永遠の光彩を放っている。

<アジア選手権>
 昭和28年(1953) 混合ダブルス優勝(田舛吉二・田中良子 組)
<世界選手権>
 昭和29年(1954) 男子団体優勝
 昭和30年(1955) 男子団体優勝

Memo    
●メモ:  

資料提供:柳井市史
監修:松岡睦彦

 
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