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般若姫

Title:ハンニャヒメ


Photo


(写真撮影場所:サンビームやない)

Data
 今から1400年の昔、豊後の国の満野長者夫婦に、都にまで美しさが知れわたるほどの娘がおりました。
 名は「般若姫(はんにゃひめ)」。
 やがて、橘豊日皇子(のちの用明天皇)と結ばれることになり、姫は120隻の船団を従えて都へ。
 しかし大畠の瀬戸にさしかかった時、激しい嵐に見舞われます。
 それは、満野長者に住処であった池を潰された金の龍神の怒りの嵐で、多くのお供の命を奪いました。
 さらに龍神は、般若姫の命を捧げることでしかこの怒りを鎮めることはできないと言います。
 そこで、姫は、二度とこの場所でこのようなむごいことが起こらないようにと、みずからの命を差し出しました。
 それ以来ずっと、瀬戸の守り神として、大畠の瀬戸を往来する船を安全に導いています。

■般若姫と暑き浦■
 柳井市南部にある阿月の地名は、般若姫が炎暑の時に上陸された際「さても暑き浦かな・・・」と発した言葉に由来します。
 後に、暑き(あつき)から、阿月(あつき)にかわったと伝えられています。

■般若姫と柳と井戸■
 般若姫が、大畠の瀬戸で激しい嵐に苦しめられた折、柳井津の入り江にお越しになり、里人に清水を求められたそうです。
 その時、井戸の清水を差し上げたところ、姫は、美味しいとたいへん喜ばれ、そのお礼にと中国の明帝大王(みんていだいおう)から贈られた不老長寿の楊枝を井戸の傍らに挿されました。
 すると、その楊枝は不思議にも一夜にして芽を出し、やがて柳の巨木となったと伝えられています。曹洞宗 湘江庵(しょうこうあん)の「柳と井戸」が、その場所と伝えられています。
 この楊(柳)と井戸を結びつけて「楊井(やない)」の地名が生まれ、江戸時代に入って、「楊井」から「柳井」に標記の漢字が変わったとされています。
 この井戸の清水を飲むと美人になれるとの言い伝えもあるパワースポットです。

■般若姫と姫田川■
 湘江庵の近くを流れる姫田川は、般若姫が川で手をお洗いになったことからその名前がつけられたと云われています。

Memo    
●メモ:  

資料提供:柳井市観光協会
監修:松岡睦彦
H24.09.24加筆

 
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