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赤祢武人(赤禰武人)

Title:アカネタケト


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 赤祢武人(赤禰武人)は、広島県の下蒲刈町で医師 松崎三宅の長男として生まれました。
 幼い頃、両親とともに岩国市の柱島に渡り、13歳で柳井市遠崎にある清狂草堂で、僧月性の教えをうけました。
 後に秋良敦之助の仲立ちで、柳井市阿月の浦靱負の家臣 赤祢忠右衛門の養子になり、浦氏の学塾「克己堂」の教授となりました。
 高杉晋作らとともに、奇兵隊を創設し、奇兵隊第三代総督となり、下関で英米仏蘭の四国連合艦隊と戦いました。また、第二奇兵隊をつくり活躍しました。
 その後、正義派と俗論派に分かれて対立する長州藩を救うため、長州と幕府の和平を願って行動しましたが、裏切り者(幕府内応の嫌疑)と誤解されて捕らえられ、慶応2年(1866)、山口鰐河原にて処刑されました。28歳でした。

Memo    
●メモ: 1838年〜1866年

資料提供:柳井市生涯学習課
監修:松岡睦彦

 
〒742-8645 山口県柳井市中央二丁目15-1
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