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柳井川

Title:ヤナイガワ


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↑雁木(がんぎ)                ↑沖見灯篭

Data

 白壁の通りの近くを流れる柳井川は、寛文3年(1663)の古開作の干拓工事により人工的に作られた川です。
 この川にかかる本橋(もとばし)は、明治38年(1905)新たに柳井町が発足した時、記念にかけられたものです。現在のものは、平成15年(2003)に架けられたもので、先代の石組みが取り入れられたデザインとなっています。
 この川は海に近く、満潮時には河口から約2キロメートル上流付近まで潮がのぼっていきます。町の中で潮の干満が見られる川は、全国的にも珍しいとのことです。
 以前、本橋から柳西橋のあたりにはたくさんの鯉が放たれ、「鯉のまち柳井」とまでいわれ、「よみがえる 川に自慢の 鯉のむれ」と柳井いろはかるたにも詠まれていましたが、柳井川河川改良工事のため、あちこちに移され、現在では一部の鯉が、柳西橋付近に残っているだけとなりました。
 潮の干満で表情をかえる柳井川は、春にはボラの姿もみることができます。フナやハヤ、ドジョウやウナギなどもすみつき、その魚を求めるシラサギや、カワセミなどの鳥も見ることができます。
 さて、江戸時代の柳井地方は岩国吉川藩の御納戸(おなんど)として栄えました。
 当時の産物は菜種油、蝋、木綿、金物、醤油などで、領内はもとより東は大阪、西は九州の肥後、五島列島あたりまで商圏をもっていたようです。
 これら商品の輸送は、主として海運(水運)に頼っておりました。
 そのため古市金屋地区の商家は、裏の海岸に船着き場を設けて、20石積み〜125石積みの船を横付けにし、また沖合の大きな船へ小船(艀)で運んでいたようです。
 その頃の船着き場の雁木(がんぎ)と呼ばれる石段が、宝来橋・緑橋付近に今もなお残っています。
 雁木とともに、江戸時代に柳井川が河川港として栄えた面影を残すものに掛け出し(かけだし)家屋がありました。民家が川面に張り出した建物として、柳井川のなつかしい風景でしたが、治水安全上の理由から取り崩され、今では見ることはできません。
 現在、掛け出し家屋のあった一帯(三角橋〜両運橋〜本橋〜緑橋〜柳西の北側)は、ふるさとの川整備事業に認定され、河川公園「お散歩公園」などの整備が進んでいます。

Memo    
●メモ:  
資料提供:柳井市観光協会・柳井商工会議所

監修:松岡睦彦

 
〒742-8645 山口県柳井市中央二丁目15-1
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