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白壁の町並み(国選定重要伝統的建造物群保存地区)

Title:シラカベノマチナミ


Photo



●屋根形式

↑入母屋造 妻入り(国森家など)    ↑切妻造 妻入り(佐川家など)      ↑切妻造 平入り(重枝家など)

●瓦葺

↑本瓦葺                    ↑桟瓦葺

Data

 柳井川の北側、古市・金屋地区に残る町割りは、室町時代から始まり、江戸時代中期にほぼ完成したもので、約200mにわたり、街路に面して白壁と格子窓の家並みが続いています。
 藩政時代には岩国藩の「お納戸」として栄え、産物を積んだ大八車が往来してにぎわった町筋で、間口が狭く、奥行きの長い建物は「うなぎの寝床」と呼ばれる江戸時代の商家の造りです。
 本瓦葺入母屋造の屋根の妻入りで、漆喰塗籠の重厚な白壁をもつ町屋が建ち並び保存状況も良好なことから、昭和59年(1984)12月、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
 夏の柳井金魚ちょうちん祭りの前後には、かわいらしい金魚ちょうちんが軒につるされ、幻想的な雰囲気をかもしだします。
 そぞろ歩きの似合う町並みです。

<もっと詳しく・・・柳井市観光協会「観光ガイドブック」より>
 古市金屋の白壁の町並みは、昭和59年(1984)12月、国の重要伝統的建造物群保存地区として、全国20番目に選定されました。
 保存地区は、この通り約200メートルの両側を中心に、約1.7ヘクタールの区域ですが、その中で保存すべき建物は47棟指定されています。
 また、門や板塀など、保存すべき工作物が10件、石積み水路が33本あります。
 修景すべき建物が14存在し、残念ながら建物が無くなっている空地が6筆数えられます。
 建築年代別に見ますと、江戸中期以前が2棟、文化、文政期7棟、明治、大正、昭和初期が8棟で、残り30棟は江戸末期の建物となっており、この地域は江戸時代末期の景観をよく残しているところです。
 この町並みの特徴でまずあげられるのは、道路に面して、一戸一戸を際立たせるように、そそり立つ三角形の破風(はふ)と、塗りあげられた白壁、厨子二階に開けられた四角い二つずつの窓との対比、それが連続している景観の美しさです。
 ほとんどが妻入りですが、各建物をよく見ますと、少しずつ意匠が違っており、それぞれ個性を持っていることがわかります。
 また、もうひとつの大きな特徴は、その町割と敷地のつくり方です。
 この古市金屋地区は、町筋から北側50メートルのところにあります「新市水路」と呼ばれる用水路により、他地区からの雨水を防いでおります。
 ですから、新市水路と柳井川との間に位置するこの地区の雨水は、室町時代頃から、柳井川に向けて作られた33本の石積み水路によって処理され、今日もなお、その排水溝がそのまま町割と敷地を形作っています。
 敷地は、間口が20尺(6.6メートル)とか、30尺(9.9メートル)の細長い形をしており、前に母屋があり、その奥には中庭、本蔵、米蔵、離れ座敷等が配列されており、この広く細長い敷地と建物の配列から、当時の商家の隆盛がしのばれます。
 この町並みは、今もそれぞれ人が住んでおられますので、ほとんどの建物は、その内部を見ることはできませんが、通りの中ほどにある「国森家」と、東側にある「むろやの園」は、一般に公開されていますので、ご覧いただくことができます。
 室町時代からこの町筋には鋳物師(いもじ)集団が住み、江戸時代の絵図には「金屋町」、「鍛冶屋町」の町名も見え、鉄製品の製造・販売もさかんだったようです。

<江戸の大火と白壁>
 柳井の歴史を見ますと、江戸時代に4回の大火(そのうち亨保13年(1728年)の大火では、柳井川筋一帯の家屋175軒が焼失。)がありました。
 当時の人達は、密集した町並みを火災から守るため、いろいろと工夫をしましたが、その頃から、この古市・金屋の街筋一帯が防火、盗難予防のために土蔵様式白壁造りの町並みになったようです。
 それが今に残る白壁の町並みとなっているのです。

Memo    
●入館料: 見学自由(一部施設で入館料が必要なものもあります)
●所在地: 柳井市柳井津(古市・金屋)
●交通アクセス: ・JR山陽本線柳井駅から徒歩で5分
●連絡先: 柳井市観光協会 TEL:0820-23-3655 
●メモ: 国選定重要伝統的建造物群保存地区 柳井市古市金屋

資料提供:柳井市観光協会
監修:松岡睦彦

 
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