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池の浦(源平古戦場)

Title:イケノウラ(ゲンペイコセンジョウ)


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平家坂(写真提供:豊笑家倶楽部)

Data

 柳井いろはかるたに「源平の 戦いの跡 池の浦」と詠まれる柳井市阿月池の浦は、柳井から南に突き出した室津半島東側の南の端に位置します。
 穏やかな海に島々が点在するこの一帯は、屋島の合戦に敗れた平家の軍勢の一部がたてこもり、激しく戦ったといわれる古戦場です。
 『平家物語』には何も記述されていませんが、鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』には、瀬戸内海における三合戦として、屋島、壇ノ浦とともに、周防国合戦(池の浦合戦)が記述されています。
 江戸時代の古文書である『防長風土注進案』上関宰判伊保庄の記事にも、そのことがくわしく記述されています。
 平宗盛は、源義経の追撃を受けてここから西走しますが、平宗盛の血筋の門脇教長は仏門に入って逃げのび、この地に住み着いたといいます。
 また、池の浦一帯には、平家ゆかりの場所が多く残されており、平家坂は、池の浦合戦で敗れた平家の将兵が急斜面をよじ登って上関町大津方面に逃げのびたと伝えられています。
 享保11年(1726)に建立された池の浦神社(平家神社)には、「江戸時代、この一帯の農家が開墾に入って耕地としたが、水が変色し、夜になると合戦のようなすさまじい叫び声が聞こえ、五穀が全く実らなかった。領主の浦氏が安徳天皇を祀る平家神社を建立したところ、その後、叫び声は聞こえなくなり、五穀も実るようになった。」と伝えられています。

●参考まで・・・●
 池の浦神社の低い石鳥居の柱には、浦氏と門脇家の銘が、「浦」「門」と刻まれています。

Memo    
●所在地: 柳井市阿月池の浦
●交通アクセス: ・JR山陽本線柳井駅から車で35分
・山陽自動車道玖珂ICから車で50分
●連絡先: 柳井市教育委員会 生涯学習課 TEL:0820-22-2111(内線332) 
●メモ: 現在は荒地となっています。

資料提供:柳井いろはかるた・柳井市観光協会
監修:松岡睦彦

 
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