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天津橋・塩田跡

Title:アマツハシ・エンデンアト


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 今から約200年前の文化7年(1810)、岩国藩の手によって、現在柳井市民球場がある一帯の浜に、入浜式塩田が築かれました。
 塩田の中央部には、潮の取り入れや荷船の通過のために南北に中川が掘られましたが、この橋は東西両浜を結び弓張り状に架けられたものです。橋の名は、市内宮本の代田八幡宮のおみくじによって「天津橋」と名づけられました。
 橋の下には荷船が通れるように足(橋脚)がないところから、俗に「幽霊橋」とよばれ、この地方の人に永く親しまれてきました。
 昭和34年(1959)塩業整備法によって柳井浜も廃止塩田となり、その後埋め立てられました。
 往時をしのぶよすがとして永く市民球場に隣接する工場敷地内で大切に保存されていましたが、平成29年、市民球場横に移築され親しく市民の皆様に見ていただけるようになりました。
 天津橋は、典型的な塩田石橋として、石工技術・工法ともにすぐれていて、今に残る貴重な近代土木遺産です。花崗岩で建造されており長さ6.45mあります。

Memo    
●所在地: 柳井市南浜 柳井市民球場横
●交通アクセス: ・JR山陽本線柳井駅から徒歩15分 
●連絡先: 柳井市教育委員会 生涯学習課 TEL:0820-22-2111(内線332)
●メモ: 市民球場レフトスタンド側の横です。

資料提供:柳井コミュニティーミュージアム
平成29年4月21日:一部加筆修正

 
〒742-8645 山口県柳井市中央二丁目15-1
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